partita 〜 世界演舞

第六章 汝を守るための剣(10)


 夜明けが近かった。うっすら白味がかった部屋。天蓋付きのベッドで眠る姫の手から、シャンレイの手が離れる。あの日と同じく、姫は手を握ったまま眠った。そして、シャンレイもいつの間にかうとうとしてしまったのだった。今日は早い内にここを発つ。
(……いつかまた、お会いしましょう。それまで健やかであって下さい、姫)
 シャンレイは姫の部屋をあとにする。そして、客室に戻る。ドアを開けると、驚いたことに全員が身支度を終えていた。
「遅かったな、シャンレイ。仕度は終わったぜ。いつでも出られる」
 ミサキがニヤリと笑みを見せた。
「……驚いた。早起きもできたんだな、ミサキ」
 シャンレイも微笑む。
「あとはシャンレイ、あなたが着替えて荷物をまとめるのを待つだけです」
 ウェナーが眼鏡の位置を直しながら言う。シェーンもニコニコと微笑んでいた。シャンレイは宴の後、アリアに付き合ってそのまま寝室で話をしていた。つまり、騎士の格好をしたままというわけだ。
「そうか。ではすぐに着替えよう」
 ドアを閉めるとさっさと着替える。そして荷物をまとめ、部屋を出る。ケネフ一世には早朝に立つことを伝えてある。四人はそのまま厩の方に向かった。すると、厩にはセルリオスが立っていた。
「――― 誰にも何も言わずに行く気だったのか?」
「……こんな早朝に起こすのも悪いと思った」
 シャンレイは頭に手をやる。すると、セルリオスはふと笑みを見せた。
「次に会った時は、同行すると言っただろう? しばらく付き合わせてもらうぞ」
 シャンレイは驚いたように目をまるくした。
「セルリオスがいれば、怖いもんなしだね!」
 シェーンがそう言って彼に手を差し出した。セルリオスはその綺麗な細い手をしっかりと握る。
「世話になるぞ、シェーン」
 セルリオスは冗談のように言って笑顔を見せた。皆は顔を見合わせて笑った。
「――― ひどいですね。私たちにも声をかけていって下さいよ」
 背後から声がした。ハッとして振り返るとエルディスとグレイスが立っていた。ふたりは荷物を持っている。
「まさか、お二人ともどこかへ……?」
 ウェナーが何度か瞬きをする。冷たい風が吹きつける。グレイスが苦笑した。
「私たちもあなた達に同行させていただこうと思って。お邪魔かしら?」
「とんでもない。むしろ心強い。しかし、二人ともいなくなって大丈夫なのか?」
 シャンレイは首を振る。
「私たちも、任務です。最近、クリストリコだけでなくあらゆるところで妖魔が現れるようになっています。それもかなり頻繁に」
 エルディスは真剣な表情を向けた。
「私たちの任務は、その原因を探ること。そして、あなた達と同行するのは、……[クリスティア]の意見。あなた達と行動することで真実に近づくと、そう言っているわ」
 グレイスは腰の剣に視線を落とした。シャンレイは目を細めた。何故か、妙な胸騒ぎを覚えた。大きな流れに呑み込まれていくような、そんな感覚が走り抜けていく。そして、風が彼女を取りまいていた。
――― お行きなさい……。あなたの思うままに……。
 誰かが囁いていた。風がその声をどこからか運んできているようだった。シャンレイはしっかりと頷く。
「わかった。では、行こう。湖のある町へ。そこで、私たちの仲間が待っている」
 皆はそれに対してそれぞれ了解した意を示す。そして馬を出す。
「湖の町でしたら、離宮から行った方が近いですね。転移の魔法陣を使わせていただきましょう」
 エルディスの言葉に、グレイスも頷く。
「そうね。では行きましょうか」
 グレイスは更に奥の方へと馬を進めた。皆もそれに従う。白い石造りの建物。入り口の扉の前まで来ると、エルディスとグレイスが馬を下りる。そして、手をかざして何か唱える。すると、ズズズッという重い音がして扉が開かれた。皆は馬を中に進めた。全員入ると、再び二人が扉を閉める。広い空間には何か複雑な紋様が描かれていた。パレッティならこれが何なのか、すぐにわかるかもしれない。
「転移を開始するわよ」
 グレイスが何かを唱え始める。するとウィィィィ……ン、と小さな音が聞こえてきた。その時、ふとシャンレイはエルディスを見た。
「そう言えばエルディス、私に何か話があると言っていなかったか?」
 彼はハッとした。再会した時、グレイスの登場で話せなかったことがあった。言い損ねたままだった。
「そうでした。実は、あなたのお師匠なのですが……」
 エルディスが告げたことは考えてもいなかったことだった。シャンレイは一瞬言葉を失った。
「――― どうするんだよ、シャンレイ?」
 ミサキが彼女の顔をのぞき込む。シャンレイは首を振った。
「……今は、パレッティたちと合流する方が先だ。その事は後回しだ。彼女たちをこれ以上待たせるわけにはいかない」
 グレイスの呪文が終わったようだ。視界から白い石の壁が見えなくなる。気を失ったかのような感覚に襲われる。
(――― 師匠……。どういうつもりだったのですか……)
 シャンレイの心の中で、エルディスの告げた一言が鳴り響いている。消そうと思っても、そう簡単になくなるはずもなかった。
――― あなたが旅立たれてから、音信不通のままなんだそうです。あなたには言うなと言われていたそうですが、お師匠、かなり身体の状態が良くなかったらしいんです……。



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