partita 〜 世界演舞

第一章 己が目的への回廊(4)


 辺りがすっかり暗くなり、三人は夕食を取り始めていた。
「――― ……ん? ……旨そうな……イテっ!」
 ミサキが目を覚まして、勢いよく体を起こした。しかしまだ腹部に痛みが残っていたらしく、呻きながら手で押さえている。
「お腹の虫の感度は抜群ねっ」
 パレッティがくすくすと笑った。焚き火の火には、鍋がかけられていた。そこからは、何とも言えない芳ばしいにおいが漂っている。
「無理はするな。ミサキの分も残しておく」
 シャンレイもその顔に、少しだけ笑顔を見せた。ミサキはそれを見て、情けなくしぼんだ。
「やっぱり勝てなかったか……。バーサークまでしっちまって、情けねぇな」
 溜息をつき、肩を落とす。
「わかっていたのか……?」
 シャンレイは驚き半分に訊いた。
「あぁ。バーサークした瞬間は。でもよ、今日のは変だった。自分の頭が働いている上に、知らねぇ奴の声まで聞こえた」
 ミサキは手の感覚を確かめるように、握ったり開いたりを繰り返す。シャンレイは目を細めた。
「声……?」
 彼女の疑問に頷いて、ミサキはあの時を振り返った。
「指示を出すみたいな ――― ここは待てとか、力を少し抑えろとか……」
 シャンレイはパズズに目をやった。彼はそれに気付くと、鼻で笑って肩をすくめる。やはり、教える気にはならないようだ。答えを得ることができぬまま食事が再開された。ミサキのお腹があまりにもよく反応するので、パレッティが鍋の中のものをよそう。
「はい、ミサキ。これね、[ミソシル]っていうんだって」
「み、味噌汁だって!? 懐かしいな!十六の時以来だぜ。しっかし何でこんなモンが……」
 ミサキは故郷を彷彿させるその中身に驚喜した。
「ちょうど旨いキノコを見つけたのでな」
 シャンレイはこともなげに答える。
「味噌汁は極東の庶民の味だ。他じゃぁなかなか食えねぇはずだぜ。極東へ来たこと、あんのか?」
 ミサキの興味深そうな表情に、彼女はきちんと返す。
「いや、行商人に教えてもらったのだ。その人が極東の出身だった。私は料理をあまりしないが、師匠が好物だったので懸命に覚えた」
 シャンレイは自嘲の笑みを零した。彼女の荷物の中には、いくつかの調味料が入っている。料理をしないという割には珍しいものもある。
「これって、なかなか手に入んないやつだよ。どうしたの?」
 パレッティは一つ、目に付いた調味料の瓶を手に取った。シャンレイはそちらを見る。
「それは、住んでいるところで取れたものだ。旅費の足しにしようと思って持ってきた」
 そう答えると、器のものを一口飲む。白い蒸気が暗くなった夜空に昇って、消える。瞬く星は、何とも美しい。
 全員が食事を終えると、ミサキが口を開いた。
「――― なぁ、シャンレイ、訊いていいか?」
 妙に真面目な顔をする。
「なんだ?」
 シャンレイは彼女の視線を受け止めた。
「俺に欠点があるって言ったよな。……何なんだ、それは?」
「あぁ、それは……」
 シャンレイが言いかけた時、パズズが口を挟んだ。
「自分の力に自惚れてること。それと、冷静な判断を欠いていることだよ」
 やけに単調な言いように、シャンレイは少し驚いた。もっと人を馬鹿にした言い方をすると思っていたのだが。
「……そうなのか?」
 ミサキは彼の言葉を鵜呑みにはしなかった。シャンレイは目を伏せる。
「そうだな。力の過信が徒(あだ)になっていた。懐はがらあきだったしな。それに次の攻撃を読み、自分の攻撃をいかにして決めるかも考えながら戦うべきだ」
 そう言いながら、焚き火に枯れ枝を入れる。絶え間なく燃え続ける炎の中で、その枝がパチッとはじけた。
「――― そうか。……で、もう一つ訊きたいんだが」
「なんだ?」
 ミサキはちょこんと座っている少女と、その肩でつまらなそうに頬杖をつく黒天使を指さした。
「あいつらは何だ? シャンレイの妹と鬼っ子か?」
 シャンレイは思わず、パズズに目をやった。彼が大爆発したのは言うまでもなかった。
「ちょっと! [鬼っ子]ってどういうこと!?」


* * *


 一通り説明すると、ミサキは興味深そうにパズズをつまみ上げて観察した。
「ほぉ。そんなに偉いのか。……はぁ、そうは見えねぇよなぁ」
「気安くつまみ上げないでよ! ミサキといい、シャンレイといい、東方の人間は礼儀知らずだねっ!」
 パズズはジタバタしながら牙をむいた。シャンレイの時のように噛みついても、びくともしない。彼の顔は、いよいよ怒りの沸点を超えてしまった。
「この侮辱、許さないよ!」
 ミサキを睨みあげると、間を置かずに呪文を詠唱し始めた。
『月輝きし時、現を包みし漆黒の衣……』
「お、おい! 魔法かよ!」
 ミサキは焦って手を離す。シャンレイはパレッティを振り返った。
「何とかならないか?」
 パレッティは答えるかわりに羊皮紙とペンを用意した。そして素早く複雑な紋様を書き込む。
『其は裁きの力。汝が御心をここに示さん……』
 パズズは創り出した闇の塊を引きのばし、槍のようにした。
「喰らえ……!」
『我を守護せし者よ! 冥神の御名において命ずる! 汝が力、消去せよ!』
 パレッティの言葉が先だった。魔法陣が光り出し、パズズの額に同じものを刻む。
「なっ!?」
 パズズは、呪文で引き寄せた闇が霧散してしまったことで目をまるくした。
「何てことしてくれるのさ、パレッティ!」
「ミサキたちを傷つけちゃだめ!」
 二人はそろって頬を膨らませ、睨み合いを始めた。それはまるで姉弟のようである。すると、突然ミサキは大声で笑い出した。
「アハハハハッ!! まいったぜ、お嬢ちゃん!」
 パレッティはきょとんとしてミサキを見た。一方パズズは耳を塞いで、やかましいと言わんばかりの表情を向ける。
「俺はあんたらについていくぜ。いいだろ、パレッティお嬢ちゃん」
 軽くウィンクしてみせると、パレッティは満面に喜びを浮かべた。
「うん!いいよ。ね、シャンレイ」
「そうだな。異存はない」
 シャンレイも頷く。その言葉にパズズはニヤッと笑った。そしてパレッティの頭の上に立つ。
「そうと決まったら、このパーティのリーダーである僕の言うことを訊いてもらうからね!」
 三人はその発言に気を止めることなく、食事の片付けをしながら雑談に花を咲かす。黒き使者様はその態度にたいそうご立腹して喚き散らしたが、拝聴する者はいなかった。



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