partita 〜 世界演舞

第三章 忘却の花咲く庭(3)


 西方中部に着いたのは、三日後のことだった。西方中部は商業の発達した国がそろっている。彼女たちの着いた町も、商業によって成り立っているものだった。秋も中盤。収穫祭が近いせいか、その町は活気に溢れていた。
「収穫祭か……。懐かしいな」
 ソルティが呟く。
「あたしも、昔はお祭りの度に踊ってたよ」
 シェーンも懐かしそうに目を細めた。
「シェーンって、舞姫さんだったの?」
 パレッティは興味津々の様子だ。シェーンも微笑する。
「うん。踊るのは好きだった。でも、奇異な目で見られるのが嫌だったの。だから、飛び出してきたんだ」
 どこか淋しそうな彼女の頭を、シャンレイが優しく撫でた。
「いつか、皆に見せてほしいな」
 シェーンはふんわりと笑って、大きく頷く。すると、ミサキが切なそうな顔でシャンレイに訴えかける。
「……腹減った。飯にしようぜ」
「そうだよ!道端じゃなくたって、そんな話できるでしょっ!こっちは疲れてるんだからっ!」
 何とも自己中心的な意見をぶつけてきたのは、パズズだった。すると、パレッティが頬を膨らませる。
「もう、パズズは寝てただけじゃないの!」
「――― だからさぁ。腹減ってるんだってば」
 ミサキは自分の腹を押さえながら、疲れたようにうなだれた。すると、シャンレイとシェーンは顔を見合わせて笑った。
「と、いうことだ。ソルティ、酒場、ないしは食堂を探してくれ」
 シャンレイは、ポンとソルティの肩を叩いた。彼はやたらと不満そうな顔をする。
「俺の役目なわけ? それってどういう基準なのさ?」
「鼻が利く。ミサキに任せると、何処へ連れて行かれるかわからないしな」
 その答えに返す言葉はない。まったくの正論だ。断れないソルティはにおいをたどり、酒場を探し出した。食欲をそそるにおいに、ミサキは思わず喉を鳴らした。シェーンはクスッと笑う。
「さ、入ろう」
 シャンレイは皆の背を押し、中に入る。外は賑やかだというのに、この店内は妙に静かだった。テーブルを確保して注文を済ませると、ソルティが顔を寄せ、小声で話す。
「……なんか、おかしくないか?」
「そうか、ソルティもそう思うか」
 シャンレイは目を細めた。パレッティも頷く。
「シャンレイを見つけた酒場と似てる。……なんか、怯えてる感じ」
「暴力に対する恐怖、と言ったところか?」
 シャンレイがパレッティを見る。少女は真剣な眼差しを向け、再び頷いた。その目は紅く染まっている。確かに店内にいる数人の客は、どこか顔色が良くない。
「お待たせしました」
 ウェイトレスが食事を運んできた。ここぞとばかり、ソルティが彼女に声をかける。
「あの、どうかしたんですか? 重い空気、流れてる感じがするんですけど」
 ウェイトレスはギクリ、と肩をすくませた。
「お客さんたち、遠くからきたの?」
「まあ、遠くになるのかもしれないな」
 シャンレイが曖昧な答えを返す。すると、ウェイトレスはほんの少し躊躇してから声を潜めて話し始めた。
「……最近、この近辺を[地走り]って言う強盗団が荒らしてまわってるのよ。その連中が、この町にきたの。そして町を壊されたくなかったら、この店に凄い額のお金を用意しろって言ってきたのよ」
 彼女は溜息をつく。シャンレイの眉がぴくんとはねた。
「町の人たちは、それを知らないのか」
「えぇ。収穫祭が近いのに、騒ぎを起こしたくないのよ」
 どうやら、事態は深刻のようだ。
「誰も抵抗しないんですか?」
 ソルティの顔は徐々に険しくなってきた。
「抵抗した人は、みんな殺されたのよ……」
 そう言った時、馬の嘶く声と蹄の音が響いてきた。十何頭という数の音だ。
「来たみたいだな」
 シャンレイの声を合図に、ソルティが立ち上がった。すると、やれやれと呟きながらミサキも腰を持ち上げた。残った三人も、それに続く。パズズは溜息をついて、パレッティの肩に座った。ウェイトレスは突然立ち上がった彼女たちに声もかけられず、呆然と突っ立ったままであった。
「シェーン、これを使え。危なくなったら逃げろよ」
 ミサキは腰に差していたショートソードをシェーンに渡した。彼女はそれを受け取ると、しっかりと頷く。店を出ると、目の前に十数人の男たちがいた。皆、馬にまたがっている。賑やかだった町の様子は一転。悲鳴が上がり、人々は逃げ出していた。
「何だ、おめぇら。俺たちとやろうってのか?」
 先頭の男が、嘲るようにシャンレイたちを見下ろした。
「……馬を傷つけるのは、忍びないな」
 シャンレイはそう呟くと、自分の中の気を放出する。威厳と、殺気。彼女の気は、繊細な馬たちを恐怖させるには充分すぎるほどだ。馬たちはもはや言うことを聞かず、主人を振り落として逃走した。
「パレッティ、援護を頼む」
 シャンレイは構えを取る。ミサキとソルティ、そしてシェーンがそれぞれ武器を抜く。
「パズズ、補助をお願い」
 パレッティの声に、パズズは渋々集中を始めた。
『開け、暗く深き門。冥神が力を鍵と成せ』
 パレッティは宙に円を描く。その中に、複雑な紋様が書き込まれる。召喚の儀式が始まると、前衛の三人は一気に間合いを詰めていった。ミサキは抜刀の勢いで、一人目の腹を狙う。相手はそれを受け止めるが、並ならぬ彼女の力に吹っ飛ばされた。シャンレイは敵の攻撃を避け、最後尾まで跳躍する。着地と同時に、てきの飛び道具を破壊した。ソルティは、目の前の敵に向かって大剣を振り下ろす。信じられない早さの振りに、敵は受け止めるのが精一杯だ。押しつけた剣の力を抜くと、相手はよろめく。そこへ思いっきり蹴りつけた。
『我が名は闇にて和を成す者。パズズが力を借り、我が声に答えよ。汝、冥神が使者、第四級正位体ケルベロス!』
 パレッティの呼びかけが終わり、パズズの額に闇の紋章が浮かび上がる。すると、魔法陣の中から暗いオーラが流れ出す。
「ミサキ! シェーンを守れ!」
 シャンレイが叫ぶ。敵がシェーンに向かい、走り込んできている。ミサキはハッとして走るが、間に合わない。
(シェーン……!)
 シャンレイは、声にならない絶叫をあげる。敵が剣を振り上げた瞬間、シェーンは何を思ったか踊りだした。指の先から繊細な波を起こし、静かに舞い始める。シェーンの目は閉じている。敵は目前に迫っている。彼女は微笑みすら浮かべている。
「シェーン!!」
 ミサキも、どうしようもなくなって叫ぶ。すると、敵の剣は振りかぶったまま動かない。シェーンは踊り続けている。シャンレイはハッとした。
「まさか、[剣舞]……?」
 思い当たることがあった。まだ間に合う。今なら、あの敵を止められる。そう思った瞬間、彼女に敵が襲いかかる。攻撃をかわしながら皆を見る。だが、誰も彼女をどうすることもできない。
「ケルベロス! シャンレイの手伝いをして!」
 パレッティの声が響く。パレッティの前に控えていた三つの頭を持つ獣が、敵を蹴散らしながらこちらへ向かってくる。シェーンにまた一人、敵が向かう。シェーンは舞に集中して気付いていない。今度こそまずい。シャンレイは走った。しかし、その敵はシェーンに近づくことができなかった。
『我が声を聞きし者よ。汝、この闇の深きところへ沈め』
 パズズだ。小さな天使は、男に向かって闇を放出した。シェーンの周りにいた二人は、闇に包まれて倒れる。パズズは一息ついて、汗を拭う。そして、シャンレイに向かって高慢な笑いを見せた。
「この貸しはすっっっごく高いからねっ」
 シャンレイはふと笑みを浮かべると、再び敵に向かう。ケルベロスの出現で、完全に[地走り]は混乱している。形勢はこちらが完全に有利だ。半分以上が動けなくなっている。
「いい加減、諦めたらどうだ? おい」
 ミサキが突然呆れたように声をあげた。戦いは一時中断する。全員の視線がミサキに集まる。ケルベロスすらその行動をやめ、彼女に目を向けた。
「ミサキ……?」
 ソルティは、彼女の口からそんな言葉が出たことにひどく驚いた。
「俺は、俺より弱ぇ奴に興味ないんでね」
 不敵な笑みを零すミサキに、敵は当然興奮した。彼女は刀を鞘に収めて肩をすくめる。
「ミサキ!」
 シャンレイの叱咤の声と同時に、[地走り]の残りが一斉に彼女に襲いかかった。彼らには周りが見えていなかった。一人はソルティに足をかけられ、転倒。一人はシャンレイに腕を捻りあげられ、悲鳴を発した。もう一人は、背中から神々しい獣に襲いかかられた。残る二人の攻撃を何とかかわしたミサキは、その首をつかんで締め上げた。足が宙に浮き、男たちはジタバタともがく。
「身のほどを知れって言ってやってんのが、わかんねぇのかよ?」
 ミサキの目が厳しくなった。二人の顔は真っ赤になっている。次第に抵抗力のなくなっていく様に、シャンレイは思わず声をあげた。
「もう、そのくらいにしろ。殺すことは、ない……」
 ミサキは我に返って、手を離した。激しく咳き込む男たちに、ミサキは言葉を投げつけた。
「地走りだかモグラだか知らねぇが、人を人とも思わねぇ奴は下衆以下だぜ!」
「……これ以上は無意味だ。二度とここへは来るな」
 シャンレイも手を離した。すると[地走り]は倒れている者を起こし、ミサキを一睨みして去った。彼らが行ってしまうと、シャンレイはミサキを見た。
「ミサキ、何故あんな事を言った? 相手をいたずらに刺激してどうする?」
 ミサキは目を反らした。
「わからねぇ。自分が何であんな事したのか、わかんねぇんだ……」
 彼女はうなだれた。シャンレイは眉をひそめ、パレッティたちと顔を見合わせた。これもバーサークの一種かもしれない。皆はそう考えたが、一番訳がわからなくなっているのは当の本人だった。困惑する彼女の肩をシャンレイが叩く。その時。
「おめぇさん方強ぇなぁ。いやぁ、参ったぜ」
 突然大きな拍手をして、男が近づいてきた。ミサキよりも背の高い、野性的な風貌の中年男性だ。背中と腰に、見慣れない道具を装備していた。パレッティは唖然として、彼を見上げる。きっと、こういう人を大男と言うのだろう、などと考えながら。その男は大胆にも、ミサキやソルティの武器を観察し始めた。
「おぉ、この刀は名匠ホウソウだな。よくこんなモンが手に入ったな。これ一本で家が買えるぞ。それと、兄さんのグレートソードはっと……。ん? 使い込んでるな。……こりゃあ大したもんだ。五十年ほど前の品だ。高くつくぜ」
「気安く触るな」
 ソルティは男の伸ばしてきた手を叩き落とす。男は意外そうな表情を見せた。
「おっさん、ちぃとばかり図々しいんじゃねぇか? ヒトの武器の品定めする前に、名前を名乗ったらどうだ?」
 ミサキは怪訝な顔で、男を睨んだ。すると、男は彼女の方を見て愛想笑いをする。
「おぉ、そうだった。俺はゲオルグだ。肩書きは一応、ゲルトニヒ王国コルンベルク男爵だ」
「だ、男爵ぅ?」
 驚いて、パレッティは素っ頓狂な声をあげる。パズズはすかさず耳を塞いでいた。一人、思い当たることがあるように彼を見ているのは、ソルティだ。
「コルンベルク男爵……。確か、武器を主とした陸上貿易で成功して貴族になったっていう……」
 ゲオルグは不敵な笑みを作った。
「ご名答。だが、コルンベルク家は元から貴族だ。ま、落ちぶれてはいたがな」
 何故か、シャンレイは冷めた目でゲオルグを見ていた。彼もそれには気付いていたようだ。二人は向き合って、相手の出方を探っているように見えた。一陣の風に、木の葉が舞う。騒ぎを嗅ぎつけてやって来た野次馬たちが、顔を見合わせて首を傾げる。口を開いたのはシャンレイだった。
「何が目的だ?」
 ゲオルグはニッと口元を横に引いた。
「話が早いな。護衛を引き受けてほしくてね」
「そんなに暇ではないんだが」
 シャンレイは表情を崩さない。
「まあ聞いてくれ。行き先はない。俺は今、いろんなところの情勢を見て回ってるだけだ。だから、同行させてもらうだけでいい。報酬はきっちり払うしな」
 痛いところをつかれた。彼女たち一行の旅費は、そろそろ底が見えてきている。シャンレイはゲオルグを見据えた。彼自身、何かを企んでいるようではない。危険な感じもしない。一度、皆を振り返る。
「……条件なしで雇うなんて、何か下心でもあるんじゃないのか?」
 ソルティは先程のことで機嫌が悪いらしい。ゲオルグに対してあからさまな警戒心を見せる。男爵は溜息をつく。
「確かにさっきのは悪かった。謝ろう。しかし、俺も商売柄武器には目がいく。その辺は少し大目に見て欲しいんだが」
「……ソルティ」
 シャンレイは少し困った顔になる。すると、珍しく大人しくしているパズズがあさっての方向を見たまま呟く。
「いいんじゃないの。だいたいこのパーティ、後方からの援護がほとんど期待できないし。このおじさん、秘術使うみたいだし」
「秘術?」
 シェーンがおうむ返しに訊く。代わって答えたのはパレッティだった。
「魔術とは違う魔力の使い方をする術のことだよ。あたしの召喚術もそうなんだけどね」
 一同は成程、と頷いた。それにも構わず、パズズはこの男爵をじっと見つめて口を開いた。
「――― 銃術だね。腰に付けてるのが、ハンドガン。中距離専用の銃。背中のがライフル。遠距離用だね」
「よくわかったな」
 感心したように、ゲオルグは口笛を吹く。
「銃って、昔話に出てくる神機(しんき)のこと? 鉛の弾を打ち出す飛び道具のこと?」
 パレッティがゲオルグを見上げる。
「そうだ、お嬢ちゃん。よく知ってるなぁ。銃術は、その弾に魔力を込めて飛ばす術だ」
「銃は世界に一つしかないんだよ。光神がとある一族に託し、銃術の力を授けたっていわれてる」
 パズズは得意そうに説明した。すると、ゲオルグは唖然とした。
「驚いたな。そこまで知ってるのか、おチビさん」
 言ってはならない言葉だった。「おチビさん」と呼ばれた本人は激昂した。
「絶対にこの低能なおじさん、連れて行くからね! 僕が復活した時、最初の獲物にするからねっ!」
 こめかみに青筋を浮かべ、噛みつかんばかりの勢いで怒鳴りつけた。そして、肩で荒い息をする。ミサキが不意に忍び笑いを漏らした。それにつられるように、シェーンも噛み殺していた笑いが込み上げてきてしまった。パズズはその金色の目で黙殺する。
「わかった。パズズの意見を尊重しよう。いいな、ソルティ。よろしく頼む、ゲオルグ殿」
 シャンレイは軽く頭を下げた。ソルティは何も言わない。ただ、下を向いた。ゲオルグは突然柔らかくなった彼女の対応に、照れながらしきりに頭を掻く。
「改まることはないだろ……。[ゲオルグ]でいいぞ。元々貴族なんていう質じゃあないからな」
「そうか。了解した」
 シャンレイは短くそう告げた。間を置かずに、誰かの腹の虫が鳴いた。
「今のは俺じゃねぇぞ」
 真っ先に疑われると思ったミサキは、先に弁明する。次に視線を浴びたソルティも頭を振る。
「違う違う」
 皆は互いに顔を見合わせた。すると、シャンレイが一同を一瞥する。
「今のは私だ」
 彼女は表情一つ変えず、先に酒場へ戻った。
「……シャンレイでもお腹が鳴ること、あるのね……」
 シェーンは、驚きをそのまま言葉にした。ソルティは肩をすくめると、酒場に入っていく。
「ま、シャンレイも人間だったってこった」
 ミサキも足早に席に戻る。ゲオルグは訳がわからず、側にいたパレッティを見下ろした。
「嬢ちゃんたちのリーダーは、何モンなんだ?」
「シャンレイ? 伝説の格闘術を使う、強い人だよ」
 パレッティは自慢げに言う。
「端的に言えばそんなとこだね。それより、早くしないとミサキに全部食べられちゃうよっ」
 頭の上のパズズがせかす。スカウトした一行が店に入ってしまい、取り残されたゲオルグは唖然としたままだ。
「……とんでもない奴ら、引っかけたか……?」
 呟いて、彼も酒場へ入る。食事が冷めていることは、言うまでもなかった。



« back    ⇑ top ⇑    next »