partita 〜 世界演舞

第三章 忘却の花咲く庭(4)


 自己紹介が済んでこれからのことを話すと、ゲオルグは三度驚いた。
「……本当に計り知れんな、お前ら。……冥神の神殿の遺跡か。だいたいの位置は知ってるが、辺鄙なところだぞ」
「しょうがないよね、遺跡なんだし」
 パレッティは自分の荷物をごそごそとあさりながら呟いた。ゲオルグは話を続ける。
「五年以上前から放置されてるっていう話だ。妖魔も住み着いてるだろうし、遺跡が無事かは謎だな」
「……だが、今は行くしかない」
 シャンレイはコップに注がれた水に映る自分を、厳しい眼差しで見つめた。
「決まりだろ? そんなの、最初っから変える気なんてないんだからよ」
 ミサキは肩をすくめる。誰も反対する者はいない。
「この話はもういいだろ。それより、シェーンのさっきの踊りは何だったんだ?」
 ソルティは興味の目をシェーンに向けた。彼女はニコリと笑うと、説明をする。
「あれは、[剣舞]っていう舞なの。誰かの剣を、自分の舞の中に引き込む踊りだって教わったけど」
「やはりそうだったか。風の舞の一つだったな」
 シャンレイが目を細める。シェーンは驚いた。まさか、シャンレイが舞に詳しいとは思わなかった。
「シャンレイ、詳しいのね。舞に興味あるの?」
「いや、私も風の神官の端くれみたいなものだ。舞も風のものだけかじったことがある」
 シャンレイは自嘲の笑みを零す。意外な答えだった。誰もシャンレイが踊る姿など、想像できなかったに違いない。
「……? パレッティ、何読んでるんだ?」
 ソルティは食事を終え、本に夢中になっている少女に尋ねる。パレッティは自分の読んでいた本をソルティに見せる。
「[古代神秘語学の基礎理論]っていう本だよ」
 どこかで見かけたことはある文字が並んでいる。しかし、ソルティには何と書かれているかがわからない。記号のような、蛇のようなものが列を作っている。
「『闇を読み解くとは』……『深くへ行き着き』……『その真理に』……『触れる』……あ、『触るるが如し』だ」
 シェーンがのぞき込んで、一文を読み上げた。もちろん、古代神秘語を理解できない者にはその意味がわからない。パレッティは目を大きく開いて、シェーンの方を見る。
「シェーン、わかるのか?」
 シャンレイが訊いた。シェーンは少し微笑んで頷いた。
「うん。私、昔は旅芸人の一座にいたから。魔術トリックをやる人が教えてくれたの」
「魔術トリックって凄いよね。いつ魔法を用意したのかわからないのに、突然氷が燃えだしたりして……」
 パレッティは目を輝かせる。どうやら、魔術の知識がある少女にも、魔術トリックは面白いもののようだった。
「さて。明朝、遺跡に向かう。ゲオルグ、なるべく負担にならない道を選んでくれ」
 シャンレイの言葉に、ゲオルグは口元に笑みをのぞかせた。彼女はそれを確認すると、宿を取ろうと主人に話をつけに行った。すると、パズズがシャンレイの方へ飛んでいく。
「パズズ?」
 パレッティは、突然自発的に行動をとった守護者を目で追う。パズズが二言三言話すと、シャンレイは頷いて戻ってきた。
「部屋は奥の二つだ。これからは自由行動にしよう」
 シャンレイの提案で、ミサキとパレッティは即座に飲み物を注文した。ソルティは二階に行き、ゲオルグは外へ出て行った。
「シェーン、買い出しにつき合ってくれないか?」
 シャンレイが声をかけると、彼女は軽い足取りでついていく。
「もう羽のこと、気にしてないみたいだね」
 パレッティが笑いかける。ミサキも二人の背を見送りながら頷いた。
「あぁ。いいことじゃねぇか」
 二人は他愛もない話をしながら、飲み物が運ばれてくるのを待った。そんな二人を尻目に、パズズの目は険しくなっていた。しかし、誰もそれを気に留めることはない。彼の表情から、不安の混じった色は消えなかった。



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