partita 〜 世界演舞

第三章 忘却の花咲く庭(6)


 蹄の音が急ぐように響く。砂塵が舞い、その中に消えていくように六頭の馬が駆け抜けていく。ミサキはらしくもなく気落ちしていた。あの後、攫われた子供たちの母親に酷く糾弾されたのだ。
「ミサキ。後悔してる場合じゃないぞ! 今、後悔しても、状況は何も変わらないんだからな!」
 珍しく、ソルティが声を荒げて叱咤する。ミサキはああ、と生返事を返す。どうやら、すぐには切り替えられないようだ。
「作戦を立てようと思うのだが」
 シャンレイは、パレッティを乗せた馬をエルディスの横につける。
「そうですね。しかし作戦と言っても、陽動くらいしかできないと思いますよ」
 エルディスは、横目でシャンレイを見る。彼女は視線を落とし、しばらく思案する。
「――― アマネ。地形的に、奇襲は可能だろうか?」
 前方を走るアマネに声をかける。
「容易にできると思うが、相手もそれは承知の上だろうな」
「……やはり、陽動か」
 シャンレイは厳しい顔になる。
「ミサキたちは顔を知られていますから、別動隊は私とアマネですね」
 エルディスがそう告げると、後ろからゲオルグが追いついてきた。
「それなら、俺も顔を知られてないはずだ。俺も別動隊に加わるぜ」
「決まりだな。陽動はミサキとソルティ。それにあんたと、小さいお嬢さん二人だ。別動隊は私とエルディス、それにゲオルグ」
 アマネはシャンレイに確認を取る。シャンレイは頷くと、別動隊の三人に告げる。
「最優先するのは、子供の救出。無駄な戦いは極力避けてくれ」
 シャンレイの言葉に、ゲオルグとエルディスは頷いた。アマネは肩をすくめ、当然と言わんばかりの態度を示した。
「そうなると、合図が必要ですね。私から、シャンレイに合図を送りましょう。私の気配を感じ取るくらいはできますよね」
 エルディスはニコリと微笑む。シャンレイは軽く目を伏せる。大丈夫だ。彼女はそう言っている。
「わかりました。簡単な合図です。すぐにわかりますから」
 作戦として、彼は何も話さなかった。シャンレイはその意図をくみ取っていた。――― まだ、完全に信用したわけではない。スパイであるという可能性が、アマネにはまだある。
「……わかった」
 シャンレイはそう言うと、前を見た。森の木々の隙間から、砦と思われるものが見えたきた。アマネがスピードをゆっくり落としていく。皆の同様に手綱を引く。
「――― 馬はこの辺に繋いでおいた方がいいだろう」
 アマネの指示に、皆が従う。手綱をしっかり時に結びつけると、お互いの顔を見る。
「確認だけしておく。三人が潜入できる位置に着いたら、陽動側は行動を開始。子供の救出ができ次第、エルディスから指示が出る。それから攻撃を開始。敵の頭をつぶす。以上、何か意見はあるか?」
 シャンレイは皆を見回す。誰も何も言わない。ミサキやソルティは少し緊張した面持ちだ。対して、別動隊の三人は至って冷静だ。張りつめた様子はない。
「シャンレイ、気配をしっかりと追っていてくださいね」
 エルディスの言葉に、彼女はしっかり頷く。
「さて、行くか。お嬢さん、飛び道具には気をつけるんだな」
 アマネは冷ややかな笑みを見せた。
「忠告、感謝する」
 シャンレイが礼を言うと、彼は森の奥に消える。それにエルディスが続いた。
「んじゃ、また後でな。気をつけろよ」
 ゲオルグもひらひらと手を振ると、彼らの後を追った。
「ミサキ、あまり深く考えるな。今は目の前のことに集中しろ。……パズズ、今回はシェーンを頼む」
 シャンレイの言葉に、パズズはニヤリと笑う。そう言われることは予想済みだったようだ。他の皆は意外そうにシャンレイを見た。パズズはシェーンの肩の上に移動した。
「後の判断は、勝手にやるからね」
「任せた。パレッティは、いつでも動けるようにしておいてくれ」
 シャンレイは少女の柔らかな髪をそっと撫でた。パレッティは可愛らしく頷くと、空を見上げた。西の方から、燃えるような色に変わってきている。時間的には余裕だ。
「……本当に、ゲオルグなんかに任せて良かったのか?」
 怪訝な表情を見せるのはソルティだった。どうやら彼は初対面以来、あの男爵に対していい感情を持っていないらしい。口はおろか、目もなかなか合わそうとしない。
「少しは信用したほうがいい。お前が思うほど悪い人間ではないぞ。……剣を触ろうとしていたこと、そんなに気に入らないのか?」
 シャンレイは困ったように苦笑する。ソルティはそれに対して応える代わりにうつむいた。何か、触れられたくない事情があるのだろう。シャンレイも追求はしない。その時、彼女の眉がはねた。
「――― 準備ができたようだ。行くぞ」
 皆はしっかりと頷き、砦へ向かう。ミサキとソルティ。その後ろに、残りの三人が続く。少し歩くと、視界が広がった。目の前には、石造りの砦がそびえ立っている。
「おい! ガキを返してもらいにきたぜ!」
 ミサキがそう叫ぶと、ぞろぞろと盗賊たちが出てきた。その中の一人、見るからに頭領という風情の男が、無精髭に覆われた口元に笑みを浮かべて彼女を見下ろした。
「お前か、ミサキってのは。随分と俺たちをコケにしてくれたそうじゃねぇか」
「ガキはどうしたよ?」
 三流役者のような台詞に、ミサキは男をギッと睨み付ける。頭領は顎をしゃくり上げ、横に部下に合図する。すると、その部下は頷いて砦の中に入っていった。
「ビービー泣いて、チビってるぜ。よっぽど殺してやろうかと思ったが、慈悲深い俺はまだ生かしてやってるぜ」
「何だと!?」
 ミサキが思わず一歩前に出ると、砦の防壁に立っている男たちが、一斉にボウガンの矢尻を彼女に向ける。
「おっと、動くんじゃねぇぞ。蜂の巣になるぜ。まずは全員、武器を捨ててもらおうか」
 頭領の言葉に、ミサキは歯ぎしりをした。シャンレイは腰からトンファを抜き、横へ放り投げる。ソルティも舌打ちをすると、グレートソードを背中から抜き捨てる。パレッティとシェーンは、ショートソードを外して地面に置く。ミサキは刀、ヌンチャク、アクスなど、腰や背につけている幾つもの武器を地面に落とした。そして、それを周りに蹴散らす。
「ガキ二匹のために、命を捨てるか?」
 頭領のいやらしい笑みと共に、誰かが矢を放った。それはミサキの太股に命中した。しかし、彼女は声を上げないどころか、表情一つ変えない。
「馬鹿だな。見ず知らずのガキに命をくれてやるなんてよ。だいたい力があるんなら、倫理だとか秩序だとかに惑わされねぇで、弱い奴らをねじ伏せていきゃあいいんだ。弱い奴は働く。強い奴は弱い奴から奪う。世の中なんて、そんなもんだろうが」
 頭領は呑気に、自分の思想など語りだした。ミサキの周りには、煉獄の業火のようなオーラが立ち上がった。彼女の奥底に眠る、猛る魂に火が点いてしまったのだ。
「ミサキ、……だめだ、ミサキ!」
 ソルティはミサキに言い聞かせる。しかし、彼女にはそれは届かない。彼女は脚に刺さった矢を抜く。
「――― 言いたいことは、それだけか……?」
(エルディス……! 子供の救出はまだか? このままでは、間に合わない……!)
 シャンレイは焦りを覚えた。額から、じわりと汗が滲んでくる。
「言いたいことは、それだけなんだなっ!?」
 ミサキのバーサークが始まってしまった。彼女のオーラが、周りに飛び散る。盗賊たちは、ぎょっとして彼女を見ていた。もう彼女を止める手だてはない。
「―――!」
 シャンレイはハッとした。そして、低い声でパレッティに声をかける。
「エルディスが、[フェルヴァ・ファラ・レイヴ]を敵の頭領に向かって放てと」
 それだけ言うと、彼女は目を伏せ、一点に気を集中させた。
『夜に微睡む深淵。紅く揺らめく陽炎の熱さ……』
 パレッティは呪文の詠唱をはじめる。シャンレイは高めた気を、あらゆる方向に向かって放つ。
「破ぁぁぁぁぁっ!!」
 それは突風を引き起こし、防壁の上にいる者たちを襲う。[地走り]の連中は皆、バランスを失った。
「ミサキ! 己を信じろ! 己が己である限り、その力はお前の中で昇華できるはずだ!」
 シャンレイは、ミサキに向かって叫ぶ。ミサキは一瞬、我に返る。そして、ニッと不敵な笑みを見せると、闘気を一気に放出した。
『其は虚ろなる霧。其は眠れる闘志。我が名は闇にて和を成す者。汝が力、ここに現せ』
 パレッティは両手を前方、頭領の方に突き出す。
『[爆影霧弾(フェルヴァ・ファラ・レイヴ)]!』
 少女の手のひらから闇の塊が生じ、頭領に向かっていく。それは男の目の前で爆発を起こし、周囲に暗い空間を形成した。
「なっ!?」
 頭領の焦りの声が響く。
「シェーン、集中して。僕の言葉を一語一句、間違えないで言ってよ」
 パズズが、不意に言葉をかける。返事は待たない。有無を言わせずに、彼は古代神秘語の呪文を唱え出す。
『彼方を漂う、澄みし気の流れ……』
 何だかわからず、シェーンは同じように唱える。
『其は姿なき、無数の刃。我が名は天を舞う者。汝が力、一陣となりて、ここに集え』
 シェーンはハッとした。その表情に、パズズは満足そうに頷いた。
「その言葉を、あいつらに向かって叫べばいいんだよ」
 簡単でしょ? と肩をすくめるパズズに、彼女は微笑む。自分が、皆を助ける力を持っている。それが一つの力になる。
『[荒嵐陣(ウェール・ダ・リーオ)]!』
 シェーンが放った魔法は、砦の一角に荒れ狂う嵐を呼び起こす。初めて使った魔術で制御が上手くできなかったのか、嵐は防壁を破壊するのみで敵にはほとんどダメージを与えることはできなかった。
「ミサキっ!?」
 ソルティはグレートソードを拾うと、武器も持たずに走り出したミサキを呼び止めようとした。彼女は既に、狂戦士となっている。彼の声はもう届いてはいなかった。シェーンの魔法で崩れた壁の残骸を足場に、闇の中へ飛び込んでいく。
「ちっ」
 バランスを立て直した一人が、クロスボウを構える。目標はシャンレイだ。
「そこまでだな」
 背後から手が伸び、目の前に訳のわからないものが書かれている紙切れを突きつけられた。見覚えがある。
「あ、あんたは……!?」
 男は振り返って驚愕する。――― アマネ。先日まで、彼らと手を組んでいた男だ。
「お前たちとの契約は終わったからな。さて、動かないでもらおうか。これは大地の呪符だ。動けば、喰らわれるぞ」
 札から、突然奇妙な生き物が現れた。不気味なその姿は、妖魔のようにさえ見える。彼は、あっさりと言い放つアマネの顔を信じられないように見つめる。だが、この男の表情は変わらない。
「ひ、ひぃ……」
 男の顔は恐怖で引きつっている。アマネは無表情のままだ。その瞳は、目の前の男の生死に無関心であることを告げていた。そこに、銃声が三発響きわたる。アマネがハッとして振り返ると、そこにはゲオルグがいた。
「……何をした?」
 アマネが鋭い目を向ける。ゲオルグは飄々として肩をすくめた。
「向こうに、矢尻を向けている危険人物がいたんでね」
 アマネは彼の手に持つ見慣れない武器に、目を細めた。それが何なのか、アマネにはすぐにわかった。
「――― 銃術? まさか、何故お前が……」
「血統だ。銃術は、遺伝する力なんだとよ」
 興味なさそうに答えるゲオルグに、アマネは鼻で笑って返す。
「……成程ね」
 呟くと同時に、背後を振り向いて三枚の呪符を投げる。そこにいた敵の足下に落ちた呪符は床と同化する。それと同時に石畳は脈打ち、触手のようなものを作りだした。
「なっ……!?」
 触手は敵に絡まり、その動きを封じる。ついでに持っていたクロスボウも破壊した。
「しばらく、そのままでいてもらおうか」
 アマネは眼鏡の位置を直す。すると男爵はその様子を唖然として見ていたが、すぐに下の方に目を移した。崩れ落ちた外壁を滑り落ちるように[地走り]の連中が向かっていく。あらかたの敵はアマネとゲオルグの攻撃で倒れている。彼女たちに剣を向けている敵はそんなに多くない。シャンレイとソルティが応戦し、背後からパティルとシェーンの魔術が飛ぶ。
(……シェーン嬢ちゃんは、魔術を使えるようになったのか……? しかし、この威力は尋常じゃない。……パズズの力なのか……?)
 古代神秘語が何とか理解できる程度の少女が、いきなりこんなに破壊力のある魔術を使えるとは思えない。ゲオルグは目を細めてシェーンを見つめる。その時、剣を交えているソルティに向かって二人の男が刃を向けた。
「!」
 ゲオルグは気付いた瞬間に引き金を引いていた。二発の銃声。それは確実に敵の腕に命中した。ソルティは目の前の敵を剣の柄で殴り倒すと上を見た。余計なお世話だ、と。その目がそう言っている。ゲオルグも、この男が自分に向けている感情に不快感を覚えた。
「……お嬢さんたちは放っておいても大丈夫だな。それより、エルディスは?」
 アマネが小さく呟いて振り返った。子供を救出すると言って内部に侵入したきりその姿は見あたらない。
「それこそ、心配無用だろ。問題は ―――」
 ゲオルグは一カ所にできあがっている闇を見つめた。闇の中に飛び込んだミサキの姿は、依然として見えない。
「……闇を作る魔法だったのだな」
 シャンレイはひどく落ち着いているように見えた。降りてきた敵もだいたい動けなくなった。最後の一人はシャンレイが腕をひねりあげている。残るは、闇の中にいる頭領だけだ。
「シャンレイ! 何とかしないとミサキの奴、殺っちまうかもしれないぞっ!? シャンレイってばさっ!」
 ソルティは気が気ではない。ミサキのいる闇の方と妙に冷静なシャンレイを、忙しなく見比べている。シェーンも心配のようで、祈るように手を組んでいる。闇の中からはずっと物音一つ漏れてこない。パレッティは呪文を唱え、シャンレイのつかんでいた敵を気絶させた。
「吠えたところで、ミサキには届かない。それにあの闇の中では、手の出しようがない。後は、ミサキを信じるしかない。それとも、ソルティはミサキを信じられないか?」
 シャンレイは敵から手を離してそう言ったが、不安を隠しきれずにいる。声も徐々に低くなっていく。ソルティは、彼女が焦りを覚えているということに気がついた。何故か、何かを待っているように見える。
「……エルディスを待っているのか?」
 シャンレイは目を伏せる。
「……そのようだ。彼が何か、指示をくれるような気がする。だから、まだ手を出すべきではないと思うのだ」
 シャンレイは静かに気を集中させる。エルディスの僅かな気配を感じ取る。さっきの合図は、どのようにして伝わってきたのかわからない。声が直接、彼女の中に聞こえてきたのだ。――― 気配を感じ取る。それがエルディスと彼女をつなぐ、唯一の線だった。また指示が来るとは限らない。しかし、来るような気がしていた。それは彼女の勘でしかなかったが。
(――― シャンレイ、闇が消えます。ミサキの回収をお願いします)
「!」
 シャンレイは顔を上げる。一角を覆っていた闇が薄れていく。そこに、強い、燃えたぎるオーラがはっきりと現れた。ミサキは静止している。その前には、頭領がぐったりと倒れていた。シェーンは愕然として、その様子を見つめた。
「……し、死んじゃったの……?」
「……どうかな」
 ソルティは目を細める。シャンレイは軽々と飛び上がり、瓦礫の上のミサキの元へ近づいた。彼女は片膝をつくと、倒れている男の脈を計る。そして、顔を上げる。立ち上がって、ミサキに笑みを見せる。
「頑張ったな。ミサキの勝ちだ」
 すると、ミサキは口元に微かな笑みを浮かべ、シャンレイの方に倒れかかった。
「ミサキっ?」
 ソルティが思わず駆け寄ろうとすると、それをシャンレイが制した。
「大丈夫。疲れているだけだ。……それにしても、立ったまま眠るとはな……」
 ミサキを背負うと、身軽に跳躍して皆の元へ下りてくる。
「――― あの頭領らしき男は、気絶しているだけだった。収穫はあったようだな」
 シャンレイは、そっとミサキを降ろした。そして、その顔をのぞき込んで微笑む。
「……緊張感のない顔だな、これは」
 ソルティは呆れ半分、安心半分で溜息をつく。ミサキは子供のように、無邪気な表情で寝息を立てている。ソルティは砦をかけ登ると、倒れている頭領を縄で縛り、抱え上げて戻ってきた。シェーンは彼女の顔を見て安堵感を覚えると、砦の方に視線を移した。ゲオルグとアマネは無事のようだ。しかし、エルディスが見当たらない。
「エルディスは……?」
「気配はある。砦の方に、まだいるのか……?」
 シャンレイも砦に視線を移す。しかし、アマネが首を振る。
「砦の中にはいなかった。子供を連れて外に出たと思うが」
 おかしい。確かに、彼の気配は砦の中にある。
「……エルディス?」
 思わず呟いた時、背後からただならぬオーラを感じた。シャンレイは振り返ると同時に構える。ソルティも剣の柄に手をかける。
――― 目覚めよ。汝、我が分身よ……。
 何処からともなく、声が聞こえる。シャンレイはハッとして、辺りを見回す。
「どうした、シャンレイ?」
 ゲオルグが不審そうに尋ねる。
「声が……。声が、聞こえなかったか?」
 シャンレイは警戒したまま、ゲオルグに問う。彼は首を振る。
「いや、何も聞こえなかったな」
――― 目覚めよ……。
「!?」
 シャンレイは再び聞こえた声に、敏感に反応した。不安になって、パレッティは思わず声を上げる。
「エルディスっ!? 何処にいるのっ? エルディス!」
 その時、異様なオーラがふと消え去った。そして、彼女たちの横から呼ばれた本人が登場した。
「……皆さん、すいません」
 あまり、気分のいい顔をしていない。シェーンは心配そうに近寄って、その額に手を当てた。
「大丈夫? エルディス」
「えぇ。……少し、気分がすぐれないだけです。子供たちは馬の方に連れて行きました。ぐっすり眠っています」
 少しだけ微笑みを見せるエルディスに、シャンレイは厳しい目を向ける。
「――― 本当に大丈夫なんだな?」
「はい、大丈夫です。もう平気ですよ」
 僅かではあったが、ここへ現れた時よりは顔色が良くなっている。シャンレイは、彼の言葉を信じることにした。
「……それより、エルディス。気配は砦にあったはずなのだが、何故逆から現れたのだ?」
「気配だけを、砦に残してきたようです」
 曖昧な言い方をするエルディス。パレッティは、一つのことに思い当たった。
「もしかして、あの時と同じなの……?」
 皆、ハッとした。それはこの事件の始まり、子供たちが攫われた時のことだ。シェーンは彼を見上げ、それに対する答えを待つ。
「……そのようです。シャンレイへの合図も、あんな風にする予定ではなかったのですが……」
「幻術だな。記憶にはないのか?」
 アマネが尋ねる。それに対して、エルディスは深く頷いた。そして、一同は黙り込んだ。
「――― こんな所で考えても、答えは出ねぇだろ? 一度戻ろうぜ」
 ゲオルグが切り出した。すると、エルディスは気を取り直して、微笑みを浮かべる。
「この話はもういいでしょう。記憶が戻れば、いつかわかることです。気になさらないでください。さぁ、帰りましょう」
 皆は頷き、馬を繋いだ所へ戻る。しかし、パズズだけはそんな彼に距離を置いて、一言も声をかけようとはしなかった。



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