partita 〜 世界演舞

第四章 深き谷に架かる橋(6)


「本当に、無謀な方々ですねぇ……」
 シャンレイの顔色が戻り、ホッとした一行に先程の男が呟いた。
「……ま、無謀と言えば無謀かもな……。それより、あなたは何者なんですか?」
 ソルティはあまり機嫌のよくない声で尋ねる。人の良さそうなこの男の言動が、いちいち気に障るのだ。
「失礼しました。私はバルド。しがない技師ですよ」
 男は、恥ずかしそうに頭を掻く。すると、ウェナーがちらりと鋭い視線を向ける。
「ただの技師ではない、ですよね?」
 今までの彼女とは別人としか思えない表情だった。マイペースさは影に身を潜めている。
「……まあ、ただの技師ではないかもしれませんね」
 煮え切らない言い回しをされ、彼女はそれ以上追求することができなかった。しかし、真実を見破る者がいた。
「――― このおじさんも、秘術の使い手だよ。このバトル・アクス、純銀製だもん。こんな物はそう簡単に手に入らないし、第一、ただの技師に買える物じゃない」
 パズズがバルドの持つ戦斧を一瞥する。技師の細い目が、ほんの少し大きくなる。パズズは続けた。
「それにこれ、微かだけど術を施した痕跡を感じる。……ま、僕の頭脳を持ってすれば、何の術かは簡単にわかるけどね」
 ふふん、と偉そうに威張る。もったいぶっている使者様に、ミサキがぐしゃぐしゃと頭を掻き乱した。
「だぁ! わかってるんだったら早く教えろよぉ!」
 気の短い彼女には、待つ時間すら鬱陶しかった。しかし、パズズはニヤニヤと笑いながら答えを言わない。
「――― 錬金術ですよ」
 ボソッと呟いたのはウェナーだった。驚いてミサキはひゅーっと口笛を吹く。
「さすがは学者ってとこか?」
「……パズズさんの説明でわかりました。物質を操る秘術。この術にかかれば、ただの石でも純銀に変えることが可能です」
 ウェナーはずり下がってきた眼鏡を指で直す。その奥には、鋭い輝きがあった。バルドは苦笑した。
「よくご存じですね。お二方、博識なんですかねぇ……」
 そして、皆はおもむろに自己紹介を済ませる。どこか楽しそうなバルドに、ソルティは溜息をついた。どうも相性が悪いようだ。話のテンポがイライラさせる。思わず壁にもたれかかった時、足の痛みを思い出した。触ってみると、腫れているようだった。
「……ソルティ、怪我でもしたの?」
 シェーンが目ざとくその様子を見ていた。ソルティも隠す気はない。
「どうも、捻挫したみたいなんだよな」
 右足首を指して呟く。すると、メルシアーナが彼の側に寄る。座るように言い、ブーツを脱がせる。
「……なぜ、すぐに言って下さらないんです?」
 少し怒ったように、聖女はきつい視線を向ける。ソルティは困ったように頭を掻き、視線を逸らす。
「だって、メルシアーナはシャンレイの方で相当力を使っただろ。少し休んだ方がいいんじゃないかと思ったからさ……」
 すると、メルシアーナは大きく溜息をついた。
「私のことを気遣っていただいたことには感謝しますけど、もう少し、ご自分を大事になさって下さい。捻挫を軽く見ると、大変なことになりますよ」
 彼女は光を生み出し、腫れ上がった足を元通りにした。痛みは少しもない。メルシアーナの厳しい言動に押されているソルティは沈黙したまま、頭だけ下げた。
「……しかし、ここにゼヴォーグルがいることを知らなかったんですか? ゼヴォーグルは銀を極端に嫌います。銀の持つ力だけで近づかないんですから」
 バルドは眉根にしわを寄せる。皆は顔を見合わせる。
「バルドは知ってたの?」
 シェーンの問いに、バルドはきょとんとした。
「おや、ウェナーさんも知りませんでしたか? 学者がここを出入りしなくなったのは、ゼヴォーグルがたくさんの妖魔を連れてきたからだっていう話ですよ」
 皆の目が学者に集まる。彼女はその表情を変えずに、考え込むような仕草をした。そして、何か思い当たったようで、顔を上げる。
「……そういえば、だいぶ昔に古代語を研究している学者が言っていました。すいません、うっかり忘れていました」
 シェーンは唖然と彼女を見つめ、メルシアーナはクスクスと笑った。そして、ミサキはがっくりと肩を落とした。
「そりゃねぇよ……」
「ウェナーも人です。忘れることもあるでしょう?」
 メルシアーナはどこか楽しげにそう言う。そして、その目をバルドに向けた。
「バルド、あなたはなぜここに……?」
「……謎の鉱石を探しに。でも、ここにあるとは限らないんですけどね」
 人の良さそうな顔に自嘲の笑みを見せる。そして、同じ事を彼女にも問い返した。
「私たちは、石碑を見に」
「……それなら、もっと下ですね。先程、ちらっと見てきました」
 メルシアーナの言葉に、バルドは微笑んだ。
「案内を、頼めませんか? あなたの言う謎の鉱石、そこにあるかもしれませんし」
 誘いをかけたのはウェナーだった。それには、メルシアーナも賛成だった。
「そうですね。それに、歴史的瞬間を見ることができるかもしれませんよ」
 何者も包み込むような、慈愛に満ちた瞳。聖女のだめ押しの説得は、興味深いものではあった。バルドは一行を見渡す。横たわる格闘家。魔力を使い果たして眠り込む召喚師の少女。体調の優れない戦士。足は完治したものの疲弊しきった剣士。そして、相当の魔力を使っている女性たち……。彼の性格は、一行を見捨てて行けるようにはできていなかった。
「――― わかりました。御一緒しましょう」
 バルドの賛同が得られると、メルシアーナはホッとした表情になった。すると、後方から小さな使者が声を上げた。
「……謎の鉱石って、[ブルークリスタル]のことでしょ?」
 バルドはその言葉にぴくりと反応した。思わず彼の方へ、身を乗り出す。
「そうだよね。だって、錬金術師はそれを探しているんだもんね。……でも、どんなに探したって出てこないよ。[ブルークリスタル]は世界にたった一つしかないし、それは僕の肉体と同じ場所にあるからね」
 パズズは得意そうに言って、口元に笑みを浮かべる。錬金術師はゴクリ、と唾を飲み込む。
「……そ、それは何処なんですか?」
「――― それがわかれば、こんな所には来てないよ」
 パズズはそっぽを向く。バルドはわけがわからず、その目をメルシアーナに向けた。彼女はそれに対し、微笑みを返す。
「パズズは冥神の第一級高位体です。彼の器が何処にあるのか、それがもしかするとここにある石版に書かれているかもしれない、ということですよ」
 どちらにしても、私たちとしばらくは一緒に行動するしかないようですね。聖女は苦笑した。バルドは思いっきり情けない顔をして、大きな溜息をついた。
「……おい、あんまりのんびりしていると、次の敵が来るかもしれないぞ。シャンレイとパレッティが起きたら、移動した方がいい」
 ソルティがブーツを履きながら声をかける。皆は顔を合わせた。確かに、ゼヴォーグルは倒した。しかし、ここにはレッサー・デーモンがまだいるはずだ。今、襲撃を受けたら勝ち目はないだろう。誰もそれに異論はなかった。
「それじゃ、二人が起きるまで休憩っていうことね」
 シェーンがニコリと笑う。一行は見張りの順番を決めると、しばしの休息を取った。



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