partita 〜 世界演舞

第五章 楔の抜き取られた門(4)


 村の人たちにも惜しみながら別れを告げて、村を出て四日ほど。ウェナーの言葉通り、町が見えてきた。しかし、一行は相当疲労を抱えていた。
「……この辺は妖魔の巣窟なのか?」
 ソルティが溜息をつく。
「……そんなことはないですよ。私があの村に行く時は妖魔なんて出ませんでしたし」
 ウェナーがそれを否定した。すると、メルシアーナが厳しい表情を見せる。風が駆け抜け、木の葉を揺らす。
「――― 妖魔の活動が激しくなったのかもしれません。もしくは、急激にその数が増えているのかもしれないですね」
「どちらにせよ、あまりいいことではありませんね。一日に約二回の遭遇。しかも、毎日ですから尋常ではないですよ」
 バルドも困ったように頭に手をやる。――― 確かに。あの村へ行く時は寒さにやられていたが、妖魔と遭遇したのは一週間で一回とか二回とかだ。それが旅の中では普通だった。
「とにかく、町で仕事を探さないとならないな。急ごうか」
 シャンレイは隣を歩くパレッティの肩に手を置く。少女は彼女の顔を見上げ、元気良く頷いた。
「うん! 面白い仕事があるといいね」
「――― 仕事が面白いわけないでしょ」
 パズズはぼやいて、パレッティの頭の上で大あくびする。――― 天候よし。爽やかに晴れ渡る空に雲が流れていく。森を向けたところに広がる平野。町を囲む壁はわりと新しいもののようだ。少し肌寒い風が吹く。一行は町に入っていった。
「なんだか、立派な町じゃない? ちゃんとした領主様とかいそうな感じだよね」
 シェーンはキョロキョロと辺りを見回す。町の中は整然としている。道も完全に舗装されていた。
「――― あの、失礼ですが旅の方ですか?」
 突然声がかかった。皆は一斉に声の主を見た。この町の衛兵だろうか。鎧に身を固めている。
「そうだが、何か?」
 シャンレイが答えると、その衛兵はパッと明るい顔になった。
「私はこの町の領主様に使える者なのですが、もしよろしければ協力していただきたいのですが」
「……協力?」
 訝しげに、ソルティが尋ね返す。
「あ、正式な依頼です。領主様が明日の晩、大きな宴を開くんです。近隣の領主様方が集まっていまして、それで警備をやっていただける方を探しているんです」
 衛兵は捲し立てるように、早口で答える。皆は顔を見合わせた。こちらから探すまでもなく、依頼が舞い込んできた。
「……領主様直属の兵たちでは警備しきれないのですか?」
 メルシアーナが突っ込む。衛兵は困った顔になった。
「え、えぇ。事情がありまして……。ここではお話しできないんです」
 私は領主様から、警備をやってくれる強者を探してこいと言われているだけなので。……彼はそう付け足す。何か厄介なことでもあるのだろうか。シャンレイはどうしたものだろう、と皆に目を向けた。答えたのはミサキだった。
「行ってみなけりゃわからねぇんだろ? だったら行ってみようぜ」
「……一理あるけどな」
 ソルティはボソッと呟いた。シャンレイはそれを聞き逃さなかった。
「問題があるか? ソルティ」
 ソルティは嫌そうな顔をしてシャンレイを見る。
「嫌な予感がする。敵が出るとか、危険だとかそういう感じではないけど……。とんでもないことがありそうな気がする」
 彼の直感はよく当たる。だが、危険ではないというなら仕事を受けても大丈夫だろう。シャンレイはそう判断した。
「……我々の財政難も深刻だ。我々が『強者』かどうかはわからないが、この仕事は引き受けた方がいいだろう」
「同感です」
 深く頷いたのはバルドだった。一行の金銭的ピンチは、皆が身に染みて理解している。一応、全員の顔色を窺う。パズズでさえも反対する気はないようだ。
「――― その仕事、引き受けることにしよう」
 シャンレイは衛兵に告げた。衛兵は思いきり明るい表情になって頭を下げる。
「あ、ありがとうございますっ! それでは館の方に案内させていただきます」
 新米の衛兵だな。ソルティはそんなことを思った。その衛兵に連れられ、一行は町の東側に立っている領主の館に辿り着いた。簡素な作りではあったが、その敷地面積は相当広い。門をくぐり、館の中へ入るとだだっ広いホールがあった。
(……きっとパーティー好きなんだろうなぁ……)
 シェーンはそのホールを見回す。まさしく、パーティーをするための空間だ。奥に見えている大きな階段を上り、更に奥の部屋に案内される。どうやらここが領主の執務室のようだ。衛兵はノックする。
「旅の方を連れて参りました」
「――― 入ってくれ」
 中から中年の男の声がした。衛兵はドアを開け、シャンレイたちを中へ通す。彼女たちの目の前には、意外にスマートな男がいた。彼が領主のようだ。
「ようこそ、我が領地へ。そして、仕事を受けていただけたことに感謝します」
 領主は軽く頭を下げる。こういった事になれていないシャンレイは、戸惑いながらメルシアーナに助けを求める。彼女は笑顔を見せた。
「いえ、こちらも資金が少なく、苦労していたところですから。ところで、なぜ私たちに警備の依頼をなさったのです?」
 メルシアーナは領主に尋ねる。
「はい。この度の宴は近隣の領主たちと同盟を組むためのものなのです。しかし、それを快く思っていない者もいるらしく、スパイを紛れ込ませるとの情報を入手しました。ですが、宴の席に衛兵を配置するなど、悪戯に皆様を不安にさせてしまうだけです。そこであなた方に宴に紛れ込んで、それとなくスパイを捜して欲しいのです。スパイには衛兵の顔が割れている可能性がありますし」
 領主はふう、と長い溜息をもらす。皆はそれぞれ、考え込むように唸ってみたり腕を組んでみたりする。
「……って、ちょっと待ってくれ。宴に紛れ込むって事は俺たち、正装しろってことか?」
 ミサキが嫌そうな顔をする。
「えぇ、もちろんです。服はこちらで用意させてもらいます」
「わぁい、ドレスだドレスだぁ」
 異様に喜んでいるのはパレッティだった。領主はそんな彼女に目を留めた。
「……この少女も旅の仲間ですか……?」
「彼女は優秀な魔術師です。我々の重要な戦力でもあります」
 シャンレイがそう返すと、少し驚いたようにパレッティを観察する。そして、彼の目はシェーンに移る。そう、彼女の背についている純白の羽根だ。その視線に対し、シェーンは恐怖を感じたのかシャンレイの後ろに隠れる。その態度に気付いた領主は態度を改め、一つ咳払いをした。
「失礼いたしました、レディ。とても美しい翼だと思いまして。他意はなかったのですが、気分を害したのでしたらお詫びします」
 彼の態度にシェーンは少し驚いて、それから微笑んだ。すると領主は彼女に笑みを返してから、メイドたちを呼んだ。
「彼らを衣装部屋に連れていってくれ」
 メイドたちは一礼すると、女性の方はこちらへと部屋の外に案内する。その時、領主やメイドは驚いてこちらを見た。
「――― 待ってくれ。君たちは女性、なのか……?」
 君たち、とはシャンレイとミサキのことのようだ。二人は振り返ってきょとんとする。
「……あぁ、一応。そうは見えないかもしれないが」
 シャンレイは呟くように言う。ミサキは大きな声で笑う。
「そうかっ! 男に見えるかっ! それも仕方ねぇなっ!」
 呆然とする領主は、それ以上何も言わなかった。メイドも二人を見上げながら衣装部屋へと案内した。
「……でも、ミサキが着られるようなドレスってあるのかなぁ……?」
 シェーンは難しい顔をして衣装部屋に入っていく。ミサキは肩をすくめて、さぁなと呟いた。そしてドレス選びが始まった。あれでもない、これでもないとメイドは忙しなく動いている。取っ替え引っ替えドレスを当てられているシャンレイは、少し不機嫌そうだった。
「あら、こんなところに東方風のドレスがあるわよ」
 メイドの一人が見つけたのは、真っ赤なチャイナドレスだった。シャンレイの顔は思わず歪む。
「似合うんじゃないんですか、シャンレイには」
 ウェナーがぼそりと言う。抵抗する間もなく、シャンレイはそれを着せられ、髪や顔をいじられた。出来上がった彼女はいつもと別人だったが、残念なことにドレスの裾の長さが足りなかった。
「あぁあ、せっかく似合ってるのに……」
 パレッティはパズズに目隠しをしたままがっかりして肩を落とす。シャンレイはホッとした顔で溜息をつく。そして次の瞬間、見てはならないものを見てしまった。
「……ミ、ミサキ……」
 ミサキは鮮やかなオレンジのドレスを着せられていたが、どこもかしこも寸法が足りない。それ以上に、男が女装させられているようにも見える。着せられている本人も嫌そうな顔をしていた。パレッティはあんぐりと口を開け、メルシアーナたちは唖然としていた。
「困りましたね。これ以上大きいサイズはないんですよ」
 毎度はどうしようかと頬に手を当てる。そこでシャンレイはすかさず提案する。
「もし何かあった時、戦えなければ意味がない。私たちは男装すればいいのではないか?」
 ミサキはポンと手を打つ。メイドもそれしかないようだ、と諦めた。
「わかりました。それでは男性用の正装をご用意します」
 これで動きづらい上に恥ずかしいドレスを着なくてすむ。シャンレイとミサキはホッとして胸を撫で下ろした。しかし、パレッティだけは少しつまらなそうに口を尖らせていた。
 結局二人が着せられたのは、地方騎士の正装だった。腰には儀礼用のサーベルが下げられた。確かにこちらの方がしっくりしている。
「本物の騎士よりも格好良いよ、二人とも」
 シェーンはニコニコしながら言う。彼女は薄いピンクのドレスを着ていた。いつもよりも大人びて見える。
「シェーンもよく似合っている。これは引く手数多かもしれないな」
 シャンレイも冗談のように言って笑顔を見せる。
「それでは、明日の夜まで待機ですね。さぁ、着替えましょう」
 メルシアーナは微笑んだ。顔には出さないが、彼女もドレスを着ているのが不本意のようだ。五人はさっさと着替え、衣装部屋をあとにした。
「――― やっと終わったか」
 ソルティは待ちくたびれたように声をかける。確かに、相当時間が経ってる。
「……ソルティ、男で良かったね」
 パレッティがはぁ、と溜息をついた。
「? ……何かあったのか?」
 ソルティは顔に疑問符をたくさん浮かべる。シャンレイは思わず苦笑する。
「お前の嫌な予感、ミサキのことかもしれない。ドレスを着せてはならないことがよくわかった」
「……シャンレイ、そりゃ言わない約束だろ」
 ミサキも思い出してしまったようで、非常に嫌そうに顔を歪める。ソルティは想像してしまったようで、げっそりした顔になる。
「……ま、いいんじゃないのか。本人、男に見られることを喜んでいるんだから」
 それもそうだ。本人がその言葉に納得してしまった。
「……いろいろな意味で、明日の晩が楽しみですね」
 バルドが笑った。そして、その日はゆっくりと身体を休めることができたのだった。



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